2009-06-22

ニュースサイトの過去と現在

真理だと思う。

本当に、世の中には見にくいページが多い。広告は、いいとしよう。有益な情報にはカネが必要だ。問題はそれ以外の部分で、見にくいページが多いということだ。

例えば、ひとつの文章を、いくつものページに分けているサイトだ。全部読むには、わざわざページをたどっていかなければならない。読んでいるうちに、前のページの情報を参照したくなったとする。戻るにせよ、別タブで開くにせ、読みにくい事この上ない。そして追い打ちをかけるように、サイズ固定。WUXGAのディスプレイで見ているとマヌケでしかない。その手のサイトをデザインする輩は、目が不自由なのだろうと、常日頃から思っている次第である。

RSS/ATOMフィードも、読みにくいサイトが多い。例えば、タイトルしか出さないフィードや、内容の一部しか出さないフィードのことだ。はてなダイアリーの初期設定は、記事内容の一部しかフィードで出さないようになっている。アホとしかいいようがない。何のためのフィードだ。フィードは人間のためだけにあるのではない。検索エンジンも、フィードを見ているのだ。フィードは単純で、まさに検索エンジンのためにうってつけの情報だ。それを、一部しか提供しない。全く提供しないのと、何の違いがあるというのやら。

ちなみに、このブログは、私の理想とするデザインとなっている。文字色は黒、背景は薄いグレー。文字サイズはピクセル数やポイント数で指定しない上に、すべてのブラウザで大きめに描画されるようにする。ブラウザのウインドウサイズめいっぱい表示する。画像は極力使わない。

2 comments:

齊藤 said...

rss の役割を「配信」とするか「メタデータ」とするかで大きく意見がわかれたという歴史的経緯があります。 メタデータとしての立場をとるなら必ずしも本文を含む必要はありませんね。 それらの思想の違いがいくつかのバージョンの rss が並行して使われている理由なのです。
例えば rss1.0 はメタデータとしての立場です。 description 要素が必須であるというものの、あくまで「概要」を記述するための要素であり、しかも500バイト以下にするのが望ましいとされていることからも配信用でないことは明らかです。
(ただ、 content モジュールの追加で記事本文を含むこともできるようにしてしまったことで意義が曖昧になってしまった感がありますが…)
それを踏まえて現状を見ると、 rss のバージョンの違いは単に記述形式の違いとしか認識されていな場合が多いように見受けられます。 例に挙げられているはてなダイアリーにおいても rss1.0 と rss2.0 を提供しているにもかかわらず、どちらも設定に従って記事本文を入れるかどうかが変わってしまうようです。
さて、ここで私の言いたいことは、記事全文を入れるかどうかはサイトの都合で決めてもいいと思うけれど (可能なら本文が入ってたほうがうれしいけれど) 「rss のそれぞれのバージョンごとの意義」「要素の意味」には従ってほしい、ということです。

hito said...

なるほど、それでATOMもできたんですね。
GoogleのデフォルトはATOMなのは、そういう経緯もあったのですか。
うーん。